日々汲々、庵田の日常雑記 ~産業遺産とか、近代建築とか。~

ウェブサイト産業考古学研究室(地域文化博物館・高炉館)管理人の庵田が、日常の愚痴と地域情報、近代化遺産の存廃動向などについて、気分に応じて書きつづります。約2年の沈黙期間を経て、ぼちぼち復活します。

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2003年8月頃。

人生の中で振り返るという作業を行う際は、、、という書きだしになるといたく年寄りじみてしまいますが(挨拶)。
まあ、それはともかくとして、振り返る思い出というものは、たいてい良い思い出か苦い経験のふたつに絞られるかと思います。
私にとっての、その苦い経験は、2003年から始まりました。

2003年の3月、修士課程の二年目に突入する頃になると就職活動も大詰めを迎えます。しかしながら、私がやっていたのは若干の試験勉強と建築の勉強。なにせ文学部から建築にトラバーユした人間なものですから、就職先も自ずと限られます。建築事務所の就職採用もあるにはあったのですが、自分が入るにはまだ若干敷居が高く、民間企業への就職もぴんと来ません。地域への愛着もまだ強かったものですから、公務員を志望することになりました。
公務員試験には、行政一般職と専門職の二種類があります。建築を勉強しているから建築の専門職を選びたいところですが、文系トラバーユ組の私の場合、製図の自信が、あまりありません。考古学の図面引きは若干の心得があるので、応用すれば何とかなる、かもしれませんが、それで他の学生に勝てるのか、、、うーん、と首をひねります。とはいえ行政職は倍率が高く、なかなか手も出ません。
当時「都市計画」という枠で採用募集している役所が若干あり、そこに絞って勉強することにしました。幸い私のいた都市景観の研究室は、そういった書籍にあふれています。過去問題などは分からなかったものの、とかく基礎勉強に終始しました。
勉強の甲斐もあって、6月の筆記試験はクリア。一次面接に移ります。この時点で8名程度が残っていたようです。採用枠は1名~2名。狭き門ですが、正直この枠しか受かりそうもありません。なんとかやるしかない、と試験会場に足を運びます。
「好きな町の景観があったら教えてください」と面接官に聞かれたことを覚えています。とっさに智恵子抄の「東京には空がない」というフレーズを思い出し、それを述べた上で高層ビルの少ない街並みをいくつか挙げたところ、面接官が喜んだので心の中でガッツポーズです。予感の通り、一次面接は無事クリア。最終面接と相成ったのですが、ここまで来ると安心感も出てきます。後から思えば、これが良くなかったのかもしれません。
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テーマ:仕事探し - ジャンル:就職・お仕事

  1. 2010/08/21(土) 00:43:32|
  2. 自分というものがたり
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プロフィール

iota

Author:iota
北は下関あたりから南は田川まで、近代化遺産の歴史調査から保存活用まで何でもやりますやってます。その正体は、じゃーん、無給NPO理事兼非常勤講師兼パートタイム研究員(長い)。
現在、本格勤務前のアイドリング状態。ブログでは現在までに至る自分の遍歴について、若干主観的に紹介しています。

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